説明

女子学習院での教育、人力車の送り迎え、別荘での避暑、お国入り、華麗な縁戚、家存続のための婚姻、関東大震災、二・二六事件、戦争…。四人の女性が在りし日の華族の生活を語る。追憶の中から激動の時代が浮かび上がる。


ごきげんよう、えぞしまです。


唐突ですがわたくし、実は貴族制度に興味があります。




  • 貴族はなぜ誕生したの?
  • 貴族はなぜ必要とされたの?
  • 貴族はなぜいなくなったの?

というようなことももちろんですが、
貴族って何をしていたの?というところが気になります。

もともとは、イギリスの上流階級について本を読んでいましたが、
しだいに日本の華族制度にも興味が湧いてきました。


ところ変われば品変わる、じゃないですが、
日本の華族制度もなかなか面白い制度です。


今回ご紹介するのは、
大正に生まれ、激動の昭和を華族令嬢として過ごした4人の女性の談話をまとめたものです。


会話のところどころに、貧しい時代でありながら豊かに育ったのだな…と感じさせるものがあります。
しかし、単なるルサンチマンでは終わらない。
彼女たちが背負うものが大きいからだ。

聞けば、豊かではあるけれど制約がとにかく多い。
箸の上げ下ろしにも気が抜けない。
好きなことを思う存分できない。
常にご先祖さまの名に恥じぬように振る舞う。案外窮屈な暮らしなんです。


4人とも「うちではこうしておりました」と語り口は極めて上品に、しかし油断なく語る。
戦時中は凄惨な経験もしています。それでも彼女たちが、いついかなる時でも落ち着いた、余裕のある態度で過ごしていたのかがわかります。

そういえば、漫画『はいからさんが通る』で、伊集院家奥女中の如月(きさらぎ)が「公家のものは、いついかなる時も冷静なのです」と言っていたっけ。

いついかなる時でも、常に余裕を持って、冷静沈着に。
この境地に至るまで、どんな鍛錬を積めばいいのか。
並大抵のことではありません。


この境地に至りたいから、私は貴族に興味を持っているんです。
うまくやらないとただのスノビズムになってしまう…。

彼女たちは、大名家や勲功華族だったり、爵位もバラバラです。
それでもマウンティングのようなことは、決してなさらない。というより、自分たちが特別な存在だと全く思っていません。

お家のことはもちろん誇りがあります。学校の先生に徳川公を悪く言われて、泣いてしまうくらいですから。

この、自分たちは普通だと思える環境にいるというのがポイントだと思います。


彼女たちは華族女学校、今の学習院に通っていたわけですが、クラスメイトはほとんど華族です。
そうじゃない人も一応入学できたようですが、ほとんど華族。
普通だと思っているから、彼女たちは大名家同士で仲良くするとか、爵位を気にして付き合う、なんてやらないんですね。
あくまで席が近いとか、そんなたわいもないきっかけで仲良くなる。
大名家だけど、公家のお友達はたくさんいますよ、とのことです。


そんな環境なら、自分が特別なんて思わないでしょう。

かえって、公立学校に入ったほうが、ルサンチマンとマウンティングとスノビズムの嵐で大変だったかもしれません。



私のスノビズム研究はこれからも続く…。




それはさておき。
彼女たちの会話は、とてもよい雰囲気です笑

お相撲の話なんて、これがお姫様のお喧嘩か、と思います。なんだかかわいくて笑

能を習う、という話も面白かった。
女性は生意気になるということで、あまりお稽古を極めることはなかったようですが、
男性はとことん追求する!

自宅に能舞台まで作って練習して、
華族というのは大体が名誉職で、いわゆる月給もらいではない。だからとにかく時間があるので、毎日練習する。
それですぐ上手になってしまう。


好きなものをトコトンやれる、というのはいいことですね。
華族だからできる、ということではないでしょう。
そりゃお金や時間があるのは否めないですが、普通の人が時間やお金を手にしたところで、持て余してしまってここまでできないでしょう。



貴族について調べていると、
本当に豊かな生活とは何か?ということを改めて考えさせられます。

の本は、そのスタート地点にぴったりですよ。



ーその他ー

衝撃なのは、いわゆる学習院ことばを意図して使っていないこと。
気取っていると思われて、相手を不快にさせることを避けるためです。
ごきげんようも、遊ばせも、言わないんですね。

上品なことばを使うように、子どもの頃から躾けられていたわけですが、
上品すぎて息子に叱られる、なんてちょっと笑ってしまいますね。