ごきげんよう、えぞしまです。


Twitterで話題になっていた本を、
すかさずチェックする私、えらくないですか?
(記事にするのは遅れた)

「ちょっと話題になっているし、よんでみるか!」
みたいな気持ちだったのに、
けっこうガツンとやられました。
話題になっているだけあるなぁ。





筆者は児童精神科医として、少年院に勤務し、
多くの非行少年(少女も含みます)と出会います。

そんな中、
「反省以前の状態」である少年たちが多くいることに気が付きます。


なぜ少年院に連れてこられたのか、理解していない。
「最近どう?」と聞くと、「まあまあ」「楽しい」と返ってくる。
反省しているどころか、「ガン飛ばしてきた」と喧嘩する。

これは、
なぜだろう?

筆者は少年たちに、
「丸いケーキを3等分してください」
という、簡単なクイズを出します。

答えはみなさんおわかりの通り、
Y字に切ればいいだけです。


でも非行少年たちの中には、
これが出来ない子達がいるのです。

横に切ってしまったり、等分されてなかったり、
問題を読み違えて深読みしすぎたり。



非行少年たちの中には、
とても優秀で頭の回る子もたくさんいます。

そして、そうではない、
特別なサポートを必要としている子達も
たくさんいるのです。


彼らは知的障害ではないけれど、
認識能力が弱く、学習には特別なサポートが必要です。
それなのに、「本人の努力不足」「こいつはバカだから」
で片付けてしまうと、完全に学習意欲をなくします。

学校の勉強がわかるという体験は、
自己肯定感を生み出します。
それが適度にあるからこそ、
子どもたちは新しいことを学び続けますし、
いろんなことに興味を持ってチャレンジしていきます。

でも、
学習意欲をなくした子どもたちは、
そういった成功体験や自己肯定感を失ったままです。


そういった子達が、そのまま大きくなって社会に出ても、
「文字がわからない」「計算ができない」「指示がわからない」
というので怒られまくります。
そうなると、再び成功体験や自己肯定感を得られないので、
仕事が続かず、場合によっては犯罪に走ります。


非行に走ったところで、精神鑑定を受け、
「この子は特別なサポートが必要な子なんだ」
とようやくわかる……って、遅すぎやしませんか?????


こういった子どもたちへのサポートは、
病院も学校も不十分です。
成功体験も自己肯定感も与えることができないまま、
子どもたちに教育をしている…という、
「なんかもう学校なんかやめちまえよ」と言いたくなるような状況です。


(記事にするために、超簡単にかいつまんで書きましたが、
実際には子どもたちの状況はもっと複雑で、
成功体験や自己肯定感というワードでは足りません。
そのあたり、詳しくは本書をごらんください)



「そんなの、本人の自己責任だろ」
そういうのは簡単です。
でも私は(この本を読んで)改めて、自己責任論に異を唱えたい。


「自己責任だろ」と放っておいた結果、
彼らは飛行に走ってしまったのです。

それすら自己責任だという人は、ちょっと甘いです。
非行に走ったということは、被害者がいるからです。
財産を盗まれた、幼いのに性犯罪被害を受けた、殺されてしまった…。
適切なサポートがもしあれば、こういった被害が出なかったかもしれないのです。


それに、刑務所に人を収容するとなると、
とんでもないコストがかかります。もちろん税金です。
社会の治安を守るためとはいえ、ちょっと虚しい出費じゃありませんか?

彼らを早い段階で救い出し、
社会で活躍してもらえばよっぽと経済活動のためになるのに、
「自己責任」で片付ける人が多いため、余計な税金がかかってしまっています。

私が自己責任論ってだめだな、と思うのは、
そうやって放っておくと、いつか自分に返ってくると思うからです。
税金がかさむとかね。
だから、安易に自己責任論を唱える人は単細胞だな~と思います。


そんな単細胞さんでも、
この本はとてもわかりやすく書かれていますし、
彼らにはどんなサポートをすればいいのか、という提案もあります。
読んでみてね!!!!!