ごきげんよう、えぞしまです。


最近こちらの本が話題になっていますので、
えぞしまも遅ればせながら読んでみました。





わたくし、日本中世史は明るくないのですが、
そんなズブの素人でもわかります。



呉座勇一先生に、近寄っちゃダメだッ……!!!!!



世にまことしやかに流れる陰謀論を、
丁寧かつ冷静に斬り捨てていくのです。
その様は、まさに手練の武士。

「私の説も完璧ではない」と謙遜しながら、
隙を全く見せない論理展開で、陰謀論を説くものを斬り伏せていきます。

数多のチンピラが「持論」を引っさげて呉座先生に挑むが、
緻密な論理と適切な史料批判によりボコボコにされていく感じです。
さらにさりげなく、自著を紹介していくので、
殺戮と略奪を涼しい顔でさらりとこなすような、
とんでもない剣客を思わせるのです。


そしてその剣の秘術は、
日本の中世史だけではなく、
現代の事象を読み解くときにも、使えるものになっています。

というわけで、
その秘術をサクッとまとめてみました。
(ほぼ自分用)
フェイクニュース対策にぜひ。



結果論で考えるな

これ歴史を見ていくときにやりがちなんですが、
「一番成功したやつがすべて仕組んでいた」とみなすやつです。


石田三成の決起を誘うために、
家康が会津に向かった…とか。

本能寺の変は、
豊臣秀吉が仕組んだ…とか。


確かに、秀吉も家康も最後には成功しましたが、
当時彼らには未来のことなんてわからないのです。
それなのに、結果だけを見て、
それに都合の良い事実を集めていたら、
どんな説も生み出せてしまいます。

しかも、結果から考えると、
因果関係が明確になってしまうんですね。

なので、
あの状況が複雑なことで有名な応仁の乱も、
「日野富子が悪い!」としておけば、
単純明快頭スッキリ爽快感になってしまいます。

あの複雑な応仁の乱を、
オレはあっさり理解したぞ!という自尊心を与えてくれるのです。
そりゃ陰謀論にハマりますわ~。




論理の飛躍に気づけ

歴史というのは、
史料に書いてあることをもとに構築していきます。

史料がなくてわからないときは、
「わからない」とするしかないのです。

しかし陰謀論者は、
史料がないにも関わらず、
「こうしたはずだ」「こう考えられる」といった、
推測で持論を展開してしまうのです。

信長とイエズス会はつながりがあったから、
信長暗殺にはイエズス会が絡んでいるとか…。
もちろん史料なし。

また論理を飛躍させすぎて、
加害者と被害者の立場が入れ替わっている、なんてこともあります。

それらの論を立証するためには、
根拠となる史料が必要です。
史料がないことを指摘すると、
「史料は隠蔽された」とか、
「陰謀論だと言う根拠を示せ」とか言い出すのです。

これ理系分野だったら、
「まだ成功してないけど、こんな発見が出ました!」
「データはないけど、こんな結果が出ました!」
って言ってるようなもんじゃないですか????
どう見てもアウトなのに、なぜ歴史だと許されると思ったんだ。


立証責任を放棄して、
悪魔の証明をさせようとしてきたときは、要注意ですね。



反論がない=相手にされてないだけ

陰謀論は、
反論されればされるほど「事実を隠蔽したいのだ」と言い張り、
どんどん情熱的になっていきます。

なので学会では、
奇説珍説のたぐいは、基本的に相手にしません。
黙殺です。

だって、そんなのいちいち相手にしていたら、
時間がいくらあっても足りないですからね。
本当の歴史学者は、自分の研究で忙しいのです。

しかし、
そういう態度が奇説珍説を蔓延させたと考えた呉座先生は、
「誰かが猫の首に鈴をつけなければ」ということで、
本書を著したのです。

呉座先生はまだ陰謀論に対して相手にしてくれていますが、
源義経はジンギスカンになったとか、
○○の本当の黒幕は誰だとか、
戦前からあるようなトンデモ論は、
もう相手にされませんし話題にもなりません。

そういった反応を、
「事実を隠蔽しようとしている」
「学会の連中は頭がかたすぎ」などと、
思ってしまうのが陰謀論の怖いところですね。




やっぱりつじつまが合ってない

陰謀を行うときは、
秘密がもれないように参加者を限定するものです。

しかし、稚拙な陰謀論では、
なぜか登場人物が多い…。

当時の人達だって、
そんなセキュリティの低いことはやらないのです。

けれど陰謀論では、
「絶対秘密がもれないようにできる方法があるはず」と、
妙に楽観的なことを言い出します。

そもそも陰謀を企むこと事態がリスクなのに、
ますますリスキーなことをしてどうするんだ…。

陰謀論はつきつめて考えると、
つじつまが合ってないのです。
所詮机上の空論なのです。

呉座先生は、
ミッドウェー海戦前の作戦会議で、
連合艦隊司令部の宇垣纏参謀長が、
「米軍に側面攻撃されたときはどうするのか」と聞いたときに、
第一航空艦隊の草鹿龍之介参謀長が、
「そういうことがないように処理する」と答えたエピソードを紹介しています。

そう、まさにこの答えと同じ、
空論なのです。

呉座先生は陰謀論だけでなく、
旧日本軍もけちょんけちょんにしています。

これは私の予想なのですが、
旧日本軍は日本を美化するために、
都合のいい歴史観を生み出してきました。

その中には、
明確に学会で否定されているものもあります。

そういった、
自分の都合に合わせた歴史を思いつき、
国民に流布させたことを、
呉座先生は批判しているのだと思います。



結論・呉座先生には誰も勝てない

ここまで書いてきたのは、
本書の中のごく一部です。

実際には、
より多くの陰謀論を冷静に分析し、
ときには旧日本軍、あるいは現代の陰謀論を、
的確に斬り捨て…もとい、批判しています。

ときに毒舌ではないかとも言える言い回しですが、
その隙のない論理展開は爽快ですらあります。

単純明快すぎる陰謀論で歴史を見て優越感を知るより、
呉座先生の剣技を見ていたほうがよっぽど爽快です。


私は日本中世史には明るくありませんし、
歴史は中学高校とやったきりで、学者でも在野の研究者でもありません。

しかし、
これだけは言えます。


GOZA先生は只者じゃない。
誰も勝てない。

斬り捨てられるだけだから、
絶対に近づくな。


もしこのブログを読んでいる方で、
呉座先生に「独自で研究した持論」とやらを展開しようという、
命知らずなものがいるのなら…。
悪いことは言わない、やめときなさい。