ごきげんよう、えぞしまです。


大人気ファンタジー『十二国記』シリーズの、
最新刊が2019年に刊行されるということで、
「十二国記マラソン」と称してシリーズを読み返すということをやっています。
ひとりで。

2018年の年末から、
少しずつ十二国記マラソンを続けてきましたが、
いよいよ終盤に差し掛かってきました。

そんなこんなで『華胥の幽夢』。
中身は短編集となっております。





十二国記を全く知らない人でも入り込める『丕緒の鳥』とは違って、
『華胥の幽夢』はこれまでのストーリーを補足し、
さらに深みを持たせてくれるような感じです。

なので、
十二国記初心者よりは、
すでに十二国記シリーズを読んだことがある人にオススメしたいです。




泰麒のはじめてのおつかい「冬栄」

泰王登極後、台輔となった泰麒。
さっそく、蓬山帰還の際に協力してくれた漣に、
お礼も兼ねて使節として赴くという任務を仰せつかります。

漣は戴とは対極にあり、南方にある国。
冬だというのに暖かく、人も家畜も鷹揚でのんびりと過ごしていました。
雪国の戴とはあまりにも違う雰囲気に、
泰麒もお供も困惑気味。

いよいよ王宮にやってきますが、
なんと普段は滅多に入れない、
というか普通は王の身内しか入れない、
プライベートな空間である後宮に入るよう、
漣の官吏たちに促されます。

国民ものんびりしていれば、
官吏もまたのんびりしている。
ますます調子が狂うお供たち。

言われるがままに入ってみると…
後宮の庭は耕され、畑になっていました。
その畑の中に佇んでいたのが、廉王・鴨世卓でした。

廉王は、元農民。
廉麟に選定されたあとも、
「自分のお役目は畑を耕すこと」と言い、
土にまみれて作物を育てているのでした。

「それじゃ、王様は?」
「それはお仕事」

廉王いわく、
仕事は自分で選ぶもの、
役目は天が与えてくれるもの、と言います。
そして、役目は仕事じゃない、
なぜならそれで食っているわけじゃないから、と言います。

泰麒は、
王も選定してしまったし、
まだ小さいので政治もできない。
麒麟としての役目は何も果たしていないと、
悩みを廉王に打ち明けます。

廉王は、
今の泰麒は、「大きくなること」がお仕事だと言います。
たくさん食べて寝て、
「自分は役に立ててない…」と悩んで、成長すること。
そして、王を選び、民に憐れみを施すのがお役目。


廉王にとって廉麟は、
畑仕事はできないけれど、作物が実れば喜んでくれる、
そばにいてくれたら、それだけで大きい存在です。
そういうお仕事もあっていいのでは、と廉王は語ります。


その言葉に勇気付けられて泰に帰った泰麒。
王宮に戻ると、泰麒の部屋が泰王・驍宗の部屋のそばに移動されていました。

驍宗は、
泰麒がそばにいると自分が突っ走らなくていい、
そばにいてくれると助かると言って、
もっと近い場所に置いてくれたのでした。

自分の存在意義を改めて実感できた泰麒。
それは何よりも嬉しいことでした。


「お役目」と「お仕事」は違う。
一致している人もいるけれど、
違う人だって珍しくないでしょう。
自分の役目ってなんだろうとか、
どんな仕事をすればいいのかというのは、
誰もが一生をかけて考えてもいいようなテーマです。

自分の存在意義に迷う人が、
廉王の言葉で、少しでも勇気づけられたらいいなぁと思います。


人は誰だって成長できる「乗月」

『風の万里 黎明の空』直後のストーリー。

王亡き後の芳国。
王と麒麟を弑し、公主・祥瓊を罰した月渓は、
当然仮王として芳国を治めるものと思われていましたが、
以前州候としてとどまっていました。

誰もが王を必要としている状況で、
仮王でも月渓に就いてくれれば、と思われていましたが、
「自分は簒奪者だから」と頑なに固辞していました。

そんな矢先に、
慶国将軍・青辛が、
景王からの書状を携えて訪れます。

月渓は、
自分は王ではないといって、
書状を受け取るのを拒みます。

てっきり月渓が仮王として治めているものと思っていた青辛。
月渓を怒らせてしまうし、
書状も受け取ってくれないので困ってしまいます。

その様子を見かねて、
芳の冢宰である小庸が、
使者に芳の現状を打ち明けます。

先の芳王は、大変潔癖な人物でした。
しかし、それが行き過ぎてしまい、かえって民を苦しませた。
その王を止めるべく立ち上がったのが月渓でした。

当然、次の王が立つまで我々を率いてくれるもの、と思っていたのに、
州候にとどまると聞かされた小庸。
はしごを外されたような気持ちになったのも当然です。

その後、
慶の使者は月渓とも話をするチャンスがありました。
月渓は、先の芳王を敬愛していたのです。

芳王が国の崩壊を嘆き、
どうにかしようとして厳格に処分する。
そして、民は王を憎む。
月渓は、民に王を憎んでほしくなかったのです。

だからこそ暴走を止めたかったし、
止められなかったことを後悔している。
王后や公主が止めても、止まらなかったかもしれないし、
より酷くなったかもしれない。

その思いを聞いて、
青辛は月渓の名になぞらえて、
「月陰の朝」になることを提案します。

意を決して、
慶国からの書状を開く月渓。
それは、祥瓊からの手紙でした。

祥瓊は、公主としての責任を果たせなかったことを悔やみ、
月渓の温情も無にしてしまったことをお詫びするという、
率直な思いが綴られていました。

その手紙を読んで、
祥瓊が成長し、前に進み始めていることを知ります。

確かに悔やんでいるし、
お詫びしてもしきれないくらいのことをしてきた。

でも、立ち止まってはいられない。
今できることを少しずつやっていくしかないから、
祥瓊はとっくに次のステップへ進んでいたのです。

むしろ、立ち止まっていたのは月渓でした。

景王からの労い、供王からの激もあり、
月渓は仮王として立ち、
前に進むことを決意したのです。


『風の万里 黎明の空』では、
ひたすら祥瓊にとって嫌な奴だった月渓。

「いやいや、祥瓊に教えてやれよw」とか、
「こうなる前に止めろやw」とかつい思ってしまいますが、
月渓や小庸にもいろいろ事情があったことがわかります。

このエピソードを読むと、
『風の万里 黎明の空』が一層深く味わえると思います。



背伸びしあえる間柄「書簡」

『月の影 影の海』直後。
めでたく景王となった陽子と、
晴れて雁国の大学で留学生となった楽俊は、
「手紙」をやり取りする仲になりました。

「手紙」といっても、
言葉を覚える霊鳥を使ったものなのですが、
この設定もなかなか良い。

王になった陽子は、
王としての振る舞い方もわからないし、
官吏たちと議論できるほど政治にも明るくない。
それでも楽俊の手紙には、
「官吏たちとはうまくやってる」なんて、言ってしまいます。


楽俊も、それは何となく、わかっていました。
楽俊は、大学でも成績優秀。
なんと首席で入学したのです。
特に、文章がうまいということで、
「文張」とあだ名されるほどでした。

巧に残してきた母親のことは心配だけど、
友達も何人かでき、キャンパスライフを大いに楽しんでいる様子。
それを、楽俊は鳥に託します。

楽俊の様子を聞いて、ほっと安堵する陽子。
けれど、楽俊が無理をしていることは陽子にもわかっていました。
楽俊は、巧では学校にも行けないのです。
つまり、楽俊は学校というものに慣れていない。

学校に行けば、先生やクラスメイトとの関係もあるし、勉強以外の悩みもたくさんある。
楽俊はただでさえ半獣なのだから、
言わないだけで苦労しているのでは…と陽子は見抜きます。
学校での身の置き場については、
人一倍悩んだ陽子らしい指摘です。

確かに、
楽俊の周りにいる人って、
「入学時は天才だともてはやされたけど、今は落ちこぼれ」とか、
「妻子を残して入学したけど、結局中退」とか、
そんな人ばかりなんですよね。

要領よく単位を取るような連中は、
半獣の楽俊とは絡んだりしない。
無駄だと決めつけているのかも。

でも楽俊は、
半獣として生まれた己の運命を呪うことはありません。
とにかく冷静で、合理的にものを考えます。
陽子に愚痴をこぼしても仕方ないですしね。


陽子も楽俊も、
苦労しながら前に進んでいる。
お互いにほんの少しだけ背伸びして、
気楽にいられる素敵な関係になったのでした。



理想の国は夢の中「華胥の幽夢」

才国のエピソードです。
『風の万里 黎明の空』に出てきた采麟が、
黄姑の前に仕えていた王の物語です。

才国には、
国のあるべき姿を、夢で見せてくれるという宝、華胥華朶がありました。

夢で見た理想の国を、現実にする…。
采王砥尚は、采麟にそう約束したのです。
しかし、才は傾いていたのでした。

采麟は失道し、
理想の国を見せてくれなかった王を恨むようになります。

その状況でも、
砥尚は「問題ない」「理想に近づいている」と、
力強い言葉を発して、官吏たちをまとめようとします。


時に、優秀な人は、
周りを置いてきぼりにして、
理想に向かって突っ走ってしまうことがあります。
「なぜできないの?」と言いながら。

周囲の官吏たちは、
何とか采王の道を正せないか苦心します。

先の王は暴君でした。
その王を討つべく、仲間を集って立ち上がり、
王に選ばれたのが砥尚なのです。

仲間たちと語らい、
どんな国にしたいか構想を練り…。
華胥華朶がなくても、
砥尚の胸の内には、理想の国があったはず。

なのに砥尚の夢見た理想の国は、
とても実現できそうにない国だったようです。

周囲も、そして本人も、
焦りばかりが募ります。
挙げ句の果てに、砥尚は酒に溺れるように…。
泥酔して朝議に出てくるなど、
行動も明らかにおかしくなっていきます。

砥尚の焦り、周囲の戸惑い。
そうこうしていくうちに、国はどんどん荒れていきます。

実は華胥華朶は、
「あるべき国の姿を見せてくれる」わけではなく、
「自分が見たい国の姿」を見せていたのです。

なので、
見た人によってその姿が違ってくるのです。

砥尚が「問題ない」と言ったのも、
采麟が「こんなの理想じゃない」と言ったのも、
どちらも嘘じゃない。
華胥華朶の見せた夢だったのです。

追い詰められた砥尚。
いよいよ禅譲してしまいました。 
「責難は成事にあらず」という遺言を残して。

王を責めても仕方がない。
それは、何かを成すことじゃない。

それは他ならぬ、砥尚自身に対する言葉でした。
かつて、暴君を批判し、倒そうと立ち上がった。
そして、王となった。
しかしそれは、王としての道を極めたわけではなかった…。

才が傾いても、
砥尚は自分の肩に乗っているものが何か、自覚していました。
王亡き今、麒麟が次の王を選ぶまで、
残された民を背負わなくてはいけない。

王のおば、後の采王となる黄姑は、
その決意をしたのち、泣き崩れたのでした。


はりきっているんだけど、空回りして、
なかなか前に進まないときも、
国は容赦なく傾いていく。
国を傾けさせるのは、
暗愚な王ばかりではないというのが、
妙にリアルですよね。

批判を封じ込めるような言説は、
相手の口を塞いでしまうのであまり好きではないのですが…。
責めるだけが成すことではない、というのは、
とても深い言葉だと思います。



仙人として生きるとは?「帰山」

柳北国。
120年にわたり法治国家を築いた国。
安定していたはずでしたが、
いつの間にか傾き始めていました。

そんな傾き始めた国で、
久しぶりに再開した延王尚隆と、奏国太子利広。

尚隆は500年の長きにわたる治世をしいてきた王。
これに対し、利広は600年ほど続く奏の太子。
二人とも、長い時を生き、
その間国が興っては滅ぶ様子を繰り返し見てきたのでした。

十二国記の世界では、
王や官吏になると寿命がなくなります。
それは、人として死に、世間との関わりを断つということ。
自分の子どもや配偶者も、仙にすることはできますが、
兄弟や友人、親戚たちは、
自分より年下だったのが自分より年老いて、
気づいたらいなくなっていた、という世界です。

人によっては、
知人がどんどんいなくなって、
長く生きることに戸惑い、
そのまま辞めてしまう者もいるのだとか。

あるラインを超えると、
開き直るようなんですが…。

それは国にも同じことが言えて、
国にもラインのようなものが存在する。

そのラインを超えると、
わりと安定してくるのだけど、
超えられないことがあると傾いていく…という、
とんでもなく長生きをしてきたものでないとわからない、
利広ならではの分析が披露されます。

お互いに他国の情報をやり取りし、
二人はまたいつか、と別れます。


神仙になるとはどういうことなのか、
また、
十二国記で未登場の国の様子や、
奏国繁栄の秘訣など、
十二国記の世界を補ってくれる重要なエピソードです。




まとめ

十二国記って、
ぐずぐず文句を言って前に進まないとか、
他人のせいにして自分は何もしないとか、
そういう人に厳しいと思います。

文句ばかり言ってないで、
自分の行動を変えてみるとか、
後悔ばかりしていないで、
一歩でも先に進んでみるとか、
そういったことを強く伝えている気がします。

新潮文庫版の解説を、
アニメ十二国記の脚本を担当された會川昇が書いているのですが、
「十二国記は説教臭い」という批判が来たことがある、と書いていました。
ファンタジーは現実逃避するために読むのだから、
説教臭いのはいけない、ということかもと分析されてました。


確かに説教臭いのだけど、
ファンタジーを読むって、旅をするようなものだと思う。
旅をしたからには、何かを手に入れて帰ってじゃないですか。
体験でも学びでもお土産でも。
だから、積極臭くてもいいんじゃない?と思います。


この旅ももうすぐ終わる…。
みなさんも十二国記マラソンに出かけてみませんか?