ごきげんよう、えぞしまです。



神保町ブックフェスティバル2018で購入した、
吉屋信子の『毬子』を読み終わりました。




東京の瀟洒な異人館には、
フランス人女性のエルザ、
そのコックであるお才、
その娘の琴子。
そして、関東大震災で焼け出され、
みなしごとなった毬子が住んでいました。


血は繋がっていないけれど、
毬子と琴子は姉妹のように育ちます。


そして、
お才やエルザは育ての親として、
毬子を大事に育てます。



エルザのピアノに合わせて讃美歌を歌い、
お才は腕をふるってフランス料理を作り、
クリスマス前には新しい服を新調する。


女ばかりではありますが、
それはそれは穏やかに過ごしていました。



素敵な日々もつかの間、
エルザが急遽帰国することになり、
異人館は売りに出されることになります。



お才親子は生活のため洋食屋をやることに。
毬子は生糸商の家に養子に貰われていきました。


お金持ちの名古屋の生糸商の娘になれば、
何も不自由することはない…。
そう思って、
エルザもお才も琴子も、毬子と別れたのですが…。




その生糸商というのが全くのニセモノ!



実は芸妓屋にみなしごを売る、
恐ろしい人買いだったのです。


それを知った毬子は、
芸妓屋から逃げ出します。



それから、
毬子の波乱万丈のストーリーが始まるのです。




とにかくずっとハラハラしっぱなし。
讃美歌を歌い神に祈る、
吉屋信子の少女小説とは思えませぬ。



だけど、
「袖振り合うも他生の縁」と言わんばかりに、
あらゆる人たちが毬子を助けます。


「神の思し召し」と毬子を育てたエルザ。
エルザに教わった神の教えに習い、毬子を可愛がるお才。
まるで実の妹のように親しむ琴子。
男手一つで男の子を育てるタクシーの運転手。
「義理と人情」を大切にする親子丼一座と上方の芸人たち。



唄も踊りもできなくて、
(讃美歌は歌えるけどそれじゃ芸にならない)
ダジャレも全然言えなくて、
泣いてしまう毬子だけど、
見捨てたり叱ったりしないで、
根気強く毬子を支える上方芸人たち…。



親子丼一座のお父さんが、
親分さんに義理を出すところ、
かっこよすぎて泣けたよね。



高畠華宵の挿絵だけじゃない。
もっと美しいものを、
私はこの目で見たんだ…。


最後の出来過ぎエンディングも、
カタルシス満載で最高。
いいんだよ、ご都合主義でも!!!


何かにつけて、
「自己責任」が叫ばれる現代日本には、
これくらいご都合主義じゃないとね。