ごきげんよう、えぞしまです。





今回はこちらをご紹介。
こちら、ブックショップナディッフモダンで買いました。


内容紹介

まだキャバレー文化華やかな1950年代のパリ、モンマルトルで1年間主役をはった著者の自伝的エッセイ。楽屋での芸人たちの悲喜交々、下町風情の残る街での暮らしぶりを生き生きと綴る。解説=鹿島茂

内容(「BOOK」データベースより)

一九五〇年代のパリ―戦後の芸術文化が華やかに咲き誇った街で、日本人歌手としてモンマルトルのキャバレー“ナチュリスト”の主役をつとめた著者による自伝的エッセイ。楽屋生活の悲喜こもごもや、まだ下町らしさの残るパリでの暮らしを、女性ならではの細やかな筆致で生き生きと描く。


石井好子と言えば、
『巴里の空の下オムレツの匂いは流れる』のような、お料理系のエッセイでおなじみです。
美味しい料理とそれを囲む人たち。読んでいるだけで幸せな気持ちになるエッセイです。


そんなイメージが先行していたので、私はこのエッセイを読んでちょっとびっくり。
この本の石井さんは妙に意地悪で鋭いんです。



パリの下町にあるミュージックホールで、日本人歌手として出演していた石井さん。
一緒に働いていた踊り子やマヌカン、女給たちの人間模様や、彼女たちが背負っている哀しみを描きます。

下町のミュージックホールなんていうと、場末のスナックみたいなの?と思うかもしれませんが、実際にはありとあらゆる芸術が楽しめるエンターテイメント施設だったようです。
もちろん、踊りにしたって歌にしたって芸の腕は半端じゃない。


そこで働く彼女たち。
街が眠りにつく頃、いそいそと支度を始め出かけます。夜通し働いて、もうすぐ夜明け、もしくは明けてから、やっと家路につきます。
華やかに燃え尽き、くたびれていく彼女たち。

パリは華やかで私たちを魅了するけれど、そこで生活する人たちは擦り切れている。
毎日悪態をつきたくなる。それでも毎日は続いていく。



このエッセイに、マックスといういわゆるオネエ系の人物が登場します。
マックスは仕事が終わった後、別のお店(嫌な言い方だけどオカマバーみたいなところ)で働いています。
そこに石井さんが遊びにいくと、マックスみたいな人たちが大勢働いている。
あんなことしなくたってマックスは立派なダンサーなのに、と石井さんが言うと、
お金になるからやってるんじゃない、好きでやってるのよ、好きで好きでたまらなくてやってるの、とジョイアナ(マックスの妹)は言うのです。

世知辛い世の中だけど、そういう人たちもいてくれてるんだ。
好きでしょうがなくて、夢中になってやってるんだ。そう人たちがいるんだ、と思うと私はたまらなくなります。


悪態をつきたくなる毎日だけど、何かに夢中になっていれば、ちょっとはいいかなぁなんて思います。